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ほっこり、ぬくい人

 笑って泣いて

   14~5年前、縁あって奄美大島へひとり旅!
   のんびり時が流れ、まったりした人々に出会った。ここは鹿児島県であり沖縄ではない。

   島を南下すると長細い水道を挟み、加計呂麻島に渡れる。
   船をチャーター(安い)して島で一泊した。静かな宿は波の音を聞きながら月明りでグラビア雑誌を見ることも!

   この島で、都会(奈良・東京・神戸から)移住してきた人3人に出会った。一人はガイドさん。
   この人が「寅さんロケ地」の話をしない私を不思議がった?ここ観光客の最初に行きたがる所
   ここは寅さんシリーズ最後のロケ地になった島だった!

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   一日コース、はとバスの最初の訪問地は「柴又帝釈天」参道に人は少なく、お寺は年に一度の大掃除。
   ガイドさんに車いすお願いしたら、一日中の貸し出しをしてくださいました。友達ヨ・・・・アッパレ!

   この寺は二度目の参拝。電車を三つも乗り継いで来た。その時は川向う、矢切の渡しまで渡ったのよ!
   エェ~ッ? 20年ほど前になるのね。今日のコースに組まれていたなんて。偶然の出会いの訪問になった。

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   細かい彫刻の入った建物は、荒削りの見ごたえの有る造りだった。
   高い所に、なにやら~? 若い屋根職人さんだった(ふたり、みえますか?)

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   日帰りバス旅行の帰り、車内ではいつも、寅さんシリーズの映画を見てきました。
   一話解決で、ウツラウツラ眠っていて目が覚めたとき、途中なのに、あらすじを繋ぐことも無く、無責任に笑ってて

   そんな寅さんシリーズを、或る時衝動的に(レンタル)借りて初めから見ました。それから、BSの土曜日は寅さんも!
   何回も見ました。山田洋次監督大好きなんです。監督のテーマは「家族」ですね。 

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   そして
   47作だったかな。最後の作品の舞台が奄美大島の加計呂麻島(カケロマ島)だという事を知りました。

   島のガイドさんのお客様、ほとんどの人がロケに使われた島の家(浅丘ルリ子と寅さん)見学するし
   他の撮影現場も訪れていたのでしょうね。私は逆コース、映画を見て思いを重ねています。

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   「高木屋本舗」というお団子屋さん、寅さんの家です。叔父さん夫婦と妹さくらが映画では働いています。
   ここで名物団子を頂き、一休み。車イスでのテーブル着席も慣れてきています。

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                     寅さんは 損ばかりして いきている
                     江戸っ子てのは そんなもんだよ
                     別に後悔もしていない
                     人一倍 他人には親切で 家族思いで
                     金儲けなんか 爪の垢ほども考えたことはない
                     そんな無欲で、気持ちのいい男なのに
                     なぜかみんなに 馬鹿にされる

                もう二度と 故郷になんか 帰るもんか 

   この文章に続く碑です。 ↑      

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   駅の手前で、ひょいと振り返る! 誰か呼んだような! 「さくら、呼び戻しておくれよ。」

   勢いで、カバンを手に飛び出してきたものの、こんなはずではなかった!家族への八つ当たり!
   この背中、しっかり、寅さんの思い私には伝わってくるよ!

   しっかし・・・・  旅は 良いねぇ~!




   
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by kazumi1171713 | 2017-12-27 10:14 | Comments(16)

イルミネーション

  認めるっきゃない!

   あれは4年前の、今頃。年末の事だった。
   掃除方々、重いものをもって階段を下りていました。アッと思った時、踏んだはずの利き足を外していた。

   一瞬の出来事。階段の転落事故は、右手首骨折と言う始末。お正月は病院で過すことに。

   ほんの、瞬きしたほどの時の出来事、不注意から始まった私の想定外の人生が始まった!
   次から次へと障害を持つ体に変化していったのです。

        2013年(平成25年) 12月 右手首骨折
          14年         12月 人工膝関節置換手術
          15年              手術後の治療が続く
          16年              パーキンソン病による手足の震え
          17年              不自由な歩行 

   月に何度かの通院加療の身は、お遊びの日数が取りにくくなってきました。友達は懸命に練ってくれました
   揃っての旅行は4年ぶりだろうか!毎年2~3回は出かけていた仲間でした。

   通院の合間を縫っての、保障されない欠陥marri参加の東京行。いざっ!

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   1時間少々のフライトで無事羽田着、車イスの貸し出しもここまで。
   息子家族の待つ品川プリンスホテルまでは、京急電車で25分、お上り婆4人はスイスイと(じゃないかも)

   4人と四人がホテルで合流、これから向かう「あしかがイルミネーション」新宿 はとバス乗り場の時間まで別行動
   婆3人はランチ後、颯爽と出かけていく。私は孫たちとの行動を優先す。
   この日は、都内は今年一番の冷え込みと報道された。

   三人婆が、都庁を見学してた頃、ホテルの2時、インの手続きは待ち客であふれるようでした。
   部屋に落ち着き久しぶりの家族5人、受験生の孫娘とは二年ぶりかな?幸せな時間を過ごす。

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   今回の旅は飛行機チケット・ホテルパック、3日間のスケジュールはフリー。こちらで予定を組んだ。
   初日ははとバスで足利まで。家族5人は、新宿西口の待ち合わせ場所まで山手線で。

   しっかり、街が変わっていた。西口は、集合場所はどこへ~? ビルの谷間に吹き付ける風の冷たさ、非情さ!
   
   すっかり冷え込んだ体で、全員集合しました。バスは定刻通りに栃木県・足利市へ。

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   北へ進むほどに人家も低く少なくなり、いきなり商業都市が開けたその先にキラキラと!

   2時間ほどのフリータイムを振られ、私達はふた組に分かれた。

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   「T(倅)に押してもらって、回るよ!」
   トイレを出て、どのような行動を・・・と、言ってる間に、私のひと言で行動は決まった。
   
   キラキラと光る輝きに心が逸る。座って視線の低くなったカメラ視線には、人影が邪魔ばかり!

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   夜とか花火とか・・・? 自信の無い私は、ただ無差別にシャッターを押した。
   綺麗だけど、あっという間に点いたり消えたりの夜景、瞬時に変化する。

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   時計回りの反対に、息子の押すがままに進めた。寒くなったけど黙っていた。
   園内のレストランで、有名なラーメンを食べた。日ごろから食べないラーメンも冷えた身に美味しかった。

   アベック(古い言葉)が多かった。画面に人物の入らないことが、難しい混雑ぶり。
   私の若かった頃を、どの組かに重ねてみたが。やっぱり、良い時代だ!

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   私の赤を見つけた。存在感の薄い、暗い中では赤色も沈みがち。
   でも、やっぱり・・・撮りました。

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   予定時間まで、たっぷり、ゆっくり過ごすことが出来ました。このコース皆楽しめたのかなぁ~?

   私は、トイレに手間がかかります。幸い障害者用のトイレを使用できますが、ゆっくりの動作はいかんせん。
   もとらぬ手先の不器用さは、我ながらもどかしい。でも、受け入れてます。この先の人生、認めるっきゃない!

   
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by kazumi1171713 | 2017-12-24 18:41 | Comments(16)

三日間の挑戦

 快適なスタート!

   車いすには、私の名前が書いてあった!

   客室乗務員さんの手から、ハンドルは友人の手に。

   羽田空港内の端っこから、中央出口までの長い歩行からの苦痛から解放された私。

   こうして、出口で椅子を返すまでの距離を感謝全開で受け止めたんです。

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   ♪~大丈夫。私達がサポートすんだから~♪
    友人三人は、ひばりのように、寄っては、ピーチクパーチク。重い私のお尻を持ち上げるように囀る

   二泊三日の東京旅行!
   都内で合流して、息子家族と過ごせる旅・・・。そんな夢みたいな企画をしてくれたのは11月の初め。

   終いには息子の嫁も電話口に寄っての勧誘劇。

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   東京へ行ってきました。
   足利のイルミネーションから始まって、柴又、浅草、国会議事堂、六本木ヒルズ、仕上げの迎賓館・赤坂離宮

   そのほとんどを、友人3人は私の車イスを押して、支えてくれました。遠慮がちながらも甘えたよ!
   国会と離宮は、頑張って(2キロ位)ガンバって歩いた。その値打ち充分に有った。

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   旅の一歩は岡山空港から。
   チケット購入の段階で羽田空港内の車いすの貸し出しをお願いいたしました。頼んだのはその時の一回だけ。

   ボディテェックの時、チラッと杖を見られました。探知機が鳴りました。再チェック。その時もチラッ!

   フライトの時間まで掛けて待ってると、乗務員さんが来られました。

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   機内はプレミアムの席の方と一緒に一番に搭乗します。皆さん(三人の友人)も、ご一緒に。
   ってなわけで、4人そろって、一番に機内に案内されました。

   それにしても
   「〇〇さんですか?」といって、大勢のお客さんの中から、かき分けて来られるなんて?プロですね。

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   そして、めっちゃ晴れ渡った空の上、富士山を眺めながら、あっという間に羽田到着。
   遠く離れた沖からはリムジンバスでの移動。席も予約席ととって有り同伴です。

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   その手から、友人の手に代わるまで、丁寧なるおもてなし。その細やかな心配り。
   この国は、弱い人になんて優しいことなんでしょう!

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   こうして
   17日(日)~19日(火) 三日間の東京旅行は、多少無理は有れど、優しい(口の悪い)花の高齢者

   無事帰ってきました。本当に・・・往って帰ってきたんです。
   車いす姿の写真は有りません。それはもう、華の珍道中。これからお話しますね。聞いてね!






    
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by kazumi1171713 | 2017-12-21 22:12 | Comments(12)

寒っ!

 外出、嫌っ!!!

   良く当たるね。最近の天気予報!
   みんな、テレビの予報見ている。

   「明日、外はまるで冷蔵庫の中の様に、寒いですよ」 一斉に天気予報士みたいに言う。
   事実、その日はドアを開けたものの、再び室内に入る。寒い!ブルッ!


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   とはいえ
   ここ瀬戸内地方は温暖な気候に恵まれ、寒いながらも雪のない師走です!

   豪雪で悩まされている方々、雪かきの画面を見ると、もうそれだけで
   自分の事だけがやっとの私、その大変さを思います。

  お役にたてて

    身長が縮みました。これまで・・・ヒョイと取っていた棚の物が遠い事!
    まだ、低くなるやもしれん?

    先日、スーパーでのこと
    高い所の飲み物を、サッと何気なく取ってかごに。

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    なにやら・・・上着を引っ張るものが? 「その隣の飲み物、取ってヨ」という。
    これね、と言って渡すと、も一回服を引っ張り、「もう一本!」と。

    ありがとうな。高い所に有るから~。そう言ってお辞儀した背の小っちゃいおばちゃん。

    ここ数年、人様のお手伝いを借りての日々の暮らし、ありがとうばかり、米つきバッタの生活
    お礼を言われるなんて!タイヘンだ。嬉しいナ!
    
    お役に、立てたんだ! 気持ちいいナァ~♪


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   悲惨な言葉

   「おこぜと軍艦がどしゃげた(衝突した)ときの様な顔」

   冬、瀬戸内に美味しい肴があがる。美味しい魚って、アンコウもだけど器量が・・・よろしい!

   器量よしの私に、オコゼがどしゃげた顔と言うてくれた母じゃが。それなりの器量の両親に別嬪な娘なんて?
   それでも、しょっちゅうは食卓に上らなかったという事は、高価だったのね。

   あの口の悪さ、しっかり受け継いでいる私。今夜あたり、おこぜ、買ってこようかな!


    
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by kazumi1171713 | 2017-12-16 14:21 | Comments(14)

良かったなぁ~!

  十年ひと昔

   十年がひとつ昔なら、5~60年は、五むかし・六むかしか!

   わたし、五昔だって、六昔だって話せるよ!覚えてる。でも、楽しかった事しか覚えてないなぁ~?

   あっという間に一年が終わろうとしている。年末の思い出は一家団欒の大晦日の事かな。
   昭和の30年代の年の瀬は、老いも若きも「紅白歌合戦」の話に持ちきり!視聴率の高かった事

   大晦日の夜、我が家はこの日だけ夜更かし、除夜の鐘まで起きてラジオを聞いても良かった。
   ラジオがテレビに変わった皇太子さまご成婚(現天皇皇后両陛下)の年からはテレビに!

   テレビも白黒から、カラーに!景気が良かったよ。ふる里児島は繊維の街、学生服産業
   水島コンビナートも大きく大躍進。そんな頃の大晦日の夜。

    (料理番組の 京料理が美しかったので、使わせて貰いました。凄くきれい!)


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   台所に立ちっぱなしの母の助手は、しっかり者の姉、次から次へと料理が出来上がってくる。
   成長してアチコチでおせちを頂くことはあっても、母の料理、田舎煮しめがいっちゃん美味しかった私。

   合間に覗き込んでは、チョイとつまみ食いが私の仕事、嬉しそうに睨む母。

   さて、広い座敷には掘りごたつ、その上にはみかん、するめいか、お菓子なんぞが並ぶ。
   「君こそわが命」のレコード大賞が決定次第NHKからTBSに移動する歌手たちの時代

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   そのころになると、ひとり、またふたり・・・と近所に住む従兄弟たちが炬燵に足を入れ
   頼んだわけじゃないのに、近所の子供たちも、炬燵の中で足の相撲する。

   ♪~いたこの~いたぁろ~~♪
   見れば、従姉妹の征子が「潮来笠」を、手を前に組み大声で歌う。
   日頃は大人しい5年生なんよ!今でいうテンション上がったのかしら!

   テレビの歌はこの一年間、よく聞き、唄った流行歌。あの人この人とこの年の活躍話時間が飛んでいく。

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   除夜の鐘の鳴る頃、年越しそばを囲む炬燵の連中。眠っている子もいたなぁ!
   揃って、近くの八幡宮神社へお宮参り。

   そういえば、母はお宮さん、行った様子無かったなぁ?火鉢に寄りかかってひと休憩の躰。
   それでも、幸せそうで、得意そうな顔に見えたなぁ。

   いまも、紅白歌合戦って、番組有るヨな!
   年末旅行へ出かけるようないなってこの方、この番組見た事無いけど!

   時間差1時間でタイと台湾で見た事あった。なんだか、ほろ苦い番組に見えたがチャンネルはそのまま!
   しっかし 一年って早く過ぎていくなあ!

   皆で囲むテレビの前。 この話って、半世紀前のことになるかな!



   
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by kazumi1171713 | 2017-12-09 08:44 | Comments(16)

川を渡る

 緊張感マックス!

   私達の乗ったバスを、まるで先導するかのように小鳥が飛んでいきます。

   若いころ、フォーククルセダースの詠ったイムジン河のメロディを口ずさんでいる私。
   鳥たちは自由にこの川を渡って行き来できるのに!この国は南と北の国のふたつに!

   ひとつの民族が北と南に切り裂かれ、自由にその地を踏むことが許せないなんて。わが国も
   軍事境界線と呼ばれる国境の町「板門店」に似た場所が出来ていたら、どうしよう?

   叔母と姪(兄の娘)の二人旅は、そういったところ
   「板門店」と呼ばれる所へバスツアーで向かっている所なんです。

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   今から10年ほど昔の話です。

   兄の遺児・藍子が希望の大学に受かりました。その春の卒業旅行に韓国・板門店を選びました。
   ふたり旅、足の向くまま気の向くままの日程に空いたポッカリ一日。

   理由(わけ)有って姪のこれまでの何をも知りません。赤ちゃん時代の抱っこも、オシメを替えたり、手を引いたりとか
   私の前に現れたのは高校生の大人っぽい可愛い娘、いきなり娘を前にしました。素敵な高校生でした

   兄の葬儀の席で大学受験に合格したら旅行行こうな~~っ!

   当時韓流ブームで!
   でも、まさかの板門店観光のチケットは、国内でとり(確保)ました。バスが2台も出て人気コースでした。

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   意地悪の叔母は、どことなく値踏みをするような眼差しで姪の言動を見ていました。

   ところが敵ながらアッパレ、しつけの行き届いた(思っていたよりか?)点数の良い娘でした。
   旅行中、言う事、することなすこと、ひいき目かな。まずまずの出来でした。

   ソウルのロッテホテルに、各ホテルからの旅行者が集まります。
   北へ一時間ほど、町中を抜けて進みます。漢江を渡って、家が少なくなって、草原を抜けてイムジン河を渡った。

   降りる手前で誓約書に印鑑を押します。姪っ子任せです。だから手にすることなく読んでもいません。
   内容は、一歩も北の敷地に入らない、入ったら帰れない。一人一人の身の保証はしない

   帽子が舞い落ちても、拾わない。(その誓約書はバスがホテルに着いたとき返してくれた)
   私達が見学した数日後、米国の婦人記者2名がスパイ容疑で連れて行かれた。怖い北の国です!

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   1950年6月に始まった朝鮮戦争は、アメリカ軍と中国軍の参戦で一層激戦となったが、1953年7月に休戦した
   そのとき、北緯38度線近辺に「軍事境界線(分界線)」が設置され、両国間の国境のようになった。
   これにそって南北双方が幅2kmの「非武装地帯」を設けた。ここには、地雷が設置されている


   こちらから高い見張り台に上り、向かいの国を眺めた。腰に銃身、片手に双眼鏡を持ち
   同じように高い所からこちらを見張っている。軍服の兵士が見えた。

   見渡す景色の中に建物は無く、岩山の土地は肌を剥き、どこからか全てを覗かれているような気がした。
   境界線に沿った青い倉庫のような建物に入って説明を聞くも、立っている兵士に腕を引っ張りこまれる様な不気味さ

   好奇心一杯で、見たい、聞きたい、知りたいことばかり!それでも、去りたい方が勝っていた。
   背の高い、ドアの前に立つ衛兵さん入りの写真を撮ったりしたよ。

   私達の育った60年代は隣国(同じような敗戦国)の境遇に涙したものだが・・・・
   あれから歴史は大きく変わり、ふたつの国は今では様変わり。

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   命からがら逃げてくる脱北兵、踏んではならない休戦国の敷地内に武器を持ち戦いを挑む兵
   二つの国は、力を持つマンモスと化して変貌を遂げてきた。

   10年前、心がきゅんとなったり、背中を掴まれたら、どうしよう?なんてハラハラした場所
   テレビで脱北兵の境界線の画像を見て、久しぶりに思い出したんです!
   今では、話題に事欠かない北と南の国ですね。


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by kazumi1171713 | 2017-12-01 21:18 | Comments(10)