<   2013年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

旨いもの

瀬戸の魚

なかなか、更新しないこと^^;;おひさしぶりぃ~!
やる気がない!
こういう時は「年を取るとねぇ~!」という、武器を使う^^;;
まことに、都合のいい言葉ではある~♪ 覇気のなさを棚上げして、ケロリン♪♪♪

みなさん、
ご無沙汰しています。言い訳ばかりで(謝)

イイダコ(飯蛸)

    ♪~おねぇさぁ~~ん!~♪

開け放したドアの向こうから、おっさんの大きな声が聞こえた。さてさて?
見えなくても、感じで、お客様か、業者さんか、道を尋ねる人か?
おおよその感でわかる(ような気がする。間違いも多々あるけど^^;;)

この「おねぇさん」は、この地方では、奥さん、目上の女性なんぞの時、どちらかというと親しみを込めて呼ぶ時に用いる。私の生まれ育った備前でもよく使われていました。
男性を呼ぶときには「あぁさん」だったように覚えています。

b0289649_20452759.jpg


出てみると、倉敷ナンバーの軽トラが停まっていて、ケースに魚が並んでいた。
「活きのいい、獲れとれの魚持ってきたよ!買うてよ!」とおっつあんが立って言った。

大きなワタリガニ、あさり(大きかったよ)、さかなさん・・・
一瞬、欲しいなって気持ちが湧く。この顔をプロの目は逃さないね。

初めての魚屋さんです。値段が分からない。
安くて、ちょっぴり、お付き合いのできそうなのは、まぁ、このあたりかな?

b0289649_20462663.jpg


宇宙人のようですが、美味しい美味しい「イイダコ」なんです。
これっ、煮付けたらとってもおいしいんよ!

b0289649_12495040.jpg


この、丸い頭の様な体の中に卵がいっぱい入っているのです(写真撮ってないよ^^;;)
その卵は、白くて、ツブツブしてて、食べるとお米の様なんです。それで飯たこ(イイダコ)って!

先日来ていた弟に、春のイカナゴとこのイイダコの煮付けを出したところ、少量を何度も分けて
少しずつ、毎日、食べたものです。それは美味しくて、ふる里の味がしたのですね。

b0289649_20494321.jpg


沢山のイイダコ。甘辛く煮付けて、皆さんにもわけあって、美味しくいただきました。
なんでしょうね?
息子宅の駿河湾の魚だって、旅先の宿の魚だって!どこも美味しいのに!
なんでか、瀬戸内の魚がいっちゃん美味しい・・・って、思ってしまうアタシ!

皆さんもそうですか!
三陸沖の魚だ!北陸の、いや日本海だ!やっぱり、玄界灘ですよって!

b0289649_2059397.jpg


そっかぁ~♪
       ♪~おらんちの 池には くじらが 泳ぎおる~♪

はぁ~♪
土佐の高知の、鯨さんまでも…ですか!美味しい魚って、いっぱいあるのですね!

でもでも、瀬戸の魚さんも美味しいのよ!!!
[PR]

by kazumi1171713 | 2013-03-27 21:16 | Comments(18)

奇勝

千年の観音堂

サクラの開花が、早くなるのかなぁ~♪
私たちは、今春のお花見、14日に決めています。京都でも一番花の遅いところ!
でも
この数日の暖かさは どうよ^^;;桜の開花早まりそうな?一週間ずれそうかも^^;;
桜も紅葉も「感」で決める難しさ。盛りを過ぎるかも・・・マッ!いいか?
賑やかな顔ぶれのバス車内、目的地はどこであってもと良いと、いったようなものなんです。

お天気に恵まれ、賑やかに出かけられたら、お花の開花は・・・なんて、思うことにしましょう!

阿伏兎観音堂

鞆の浦から西へ4キロほど行ったところにあります。
弟夫婦を案内して、食事がてら、出かけました。その時の写真です。

b0289649_10392324.jpg


けわしい海食崖が続く沼隈半島の南端、阿伏兎岬(あぶとみさき)は奇勝として知られ
岬の突端の断崖に建つ磐台寺観音堂は阿伏兎観音と呼ばれ
昔から海上交通の人々の信仰の多くを集めてきました。

b0289649_10484940.jpg


このあたりは燧灘と言います。澄んで美しい波が打ち寄せる様は絵のように美しいです。
でも、目を向けると海食でぽっかり空いた洞窟は波の怖さを知らされる思いです。

b0289649_10534083.jpg


観音堂は、寛和の頃(986)花山法皇が、このあたり一帯の海上を往来する
船の航海安全を祈願して岬の岩山に十一面観音像を安置したのが開基と伝えられています。

b0289649_11133315.jpg


朱塗りの観音堂は、室町時代の様式です。
靴を脱いでここまで上がってきました。振り返って撮りましたが、鮮やかな朱色は絶品!
(どうでもいいけど、この土足厳禁って文字は困ります。歩行困難な老人を直撃ですね^^;;)

b0289649_11164244.jpg


この観音堂は毛利輝元によって創建されたもので、国の重要文化財に指定されています。

船が行き交います。明るく晴れ渡った本堂に柔かい風が吹き抜けます。
燧灘が、春霞の中、美しく、遠来の客をもてなしてくれるようです。

b0289649_20395838.jpg


さて、次なるは・・・本日の目的の一つでもあるけれど
♪~美味しい、瀬戸のタイタイを食べる~♪

b0289649_20424241.jpg


時間予約をしていました。料金は下の端(げのはし)でいいよ~と、きつい冗談を言って!
そこは、観光船が見える、眺めの素敵なホテルのレストランでした。

b0289649_20452276.jpg


どんなに景色がよくっても、美しい花があっても、この味覚に勝るものがない弟です。
幼い時から、生きのいい漁場、下津井の魚で育った舌、それを満足させてくれる昼食となりました。

b0289649_20453683.jpg


俯いて、ボソボソ言いながら食べています。耳を近づけると
「美味しい!美味しい!」って。
どんな言葉よりもうれしい私です。

b0289649_21162548.jpg


花も、綺麗にほころんで迎えてくれたんだけど。この三人!
花より団子なんです^^;; 
家から25キロ南、半島の端っこまでのドライブでした。お天気に恵まれました^^::
[PR]

by kazumi1171713 | 2013-03-21 20:59 | Comments(20)

まろうど

おとうと

「着いたよ!」
1時間も遅いけど。心配してたんよ?
「強風で電車がストップしてしまって!ねえちゃん!ご飯はキチンと摂らにゃきゃダメだよ」
無口で、おとなしい我が弟、言う事だけはしっかり言うて…切った!

b0289649_20335994.jpg


二つ違いの弟が東京(八王子)から、五泊六日で来ていた。

この水曜日、五時ごろには着く便で帰って行った。
糖尿病で視力が衰え、義妹の付添なくしては、来られないような状態の弟です。

終戦間近の生まれで、小さく生まれ、母乳もなく、姉の私とは似ても似つかぬひ弱な子でした。
近所の小母さんからの貰い乳で育ち、食も細く私より小さな、身長160㎝にも足りない弟です。
私達姉弟の下に、戦後妹が生まれましたが、この子は168㎝もある大きな妹です。
もっとも、弟の嫁(義妹)も、同じくらい、長身ですが。

生れは倉敷・児島です。
両親も兄も亡くなり、実家は在って無いような姉弟です。こうして年に一度の来福なんです。

目の不自由な弟を、昨年末胃癌が襲ったのです。
一年ぶりに会った弟は、さらに痩せてやつれていました。胃が無くなっていました。
食べる楽しみは糖尿病で、すでに奪われていましたが、それを加速するような病に侵されるなんて!

晴れの続いた一日
高速道に乗って、鳥取の境港まで出かけることになりました。
2時間も走らないうちに中国地方の高峰・大山が見えてきました。富士山そっくり!
この時期、雪の怖さで行くこともなく、冬の大山を見たこと有りません。雪を頂く山の美しいこと!

b0289649_20451870.jpg


生れて初めて見る義妹は、とっても喜びました。それなのに
弟には、見えないのです!どこ、どこって妻に聞いてます。ぼんやりかなぁ~!
「とし君と、スキーに来たなぁ」学生時代に幼馴染と滑りに来たそうです。
どこか、声が寂しそうです。あんなに大きな山が見えないのかなあ。

こちらから、上り線のサービスエリア・蒜山三山と大山(左端)を撮りました。
蒜山は、上り車線エリアの方がしっかり録れますが、こちらからの眺めも晴れ渡っていて良かった!

b0289649_2153548.jpg


体調が快くないので、皆生温泉の日帰り風呂でゆっくりすることになりました。
ここの温泉からの眺めは格別でした。
目の前は弓ヶ浜からの日本海、南に大山がニョッキリと^^♪

b0289649_21104495.jpg


レストランから撮りました。

健康であるってこと、頭にこびりついて、ずっと自分の元気に感謝してばっかりのアタシでした。
なんで、母親に似て、こんな病を受け継ぐなんてと、腹が立ったよ。

次の日、八王寺に帰っていきました。
風速30m近くの強風で電車が遅れ、車内で1時間も待たされたなんて!それなのに
私(姉)の不規則な食事を気遣ってくれる優しさ。 ああ、おとうとよ!
これからも、機会を作って、しっかり会いたいなぁ~と思いました。
[PR]

by kazumi1171713 | 2013-03-15 21:25 | Comments(26)

宗治蓮

春を訪ねて

ポカポカ陽気に誘われて

昨年、蓮の幾何学模様を撮った、高松城址公園へ出かけた。
秀吉の水攻めに遭った、あの有名な城址です。

初夏には美しく、瑞々しい蓮の花も、出番待つ冬の楽屋裏は・・・これこの通り!
b0289649_2023127.jpg

「いきなり、撮らないでよ^^;;」

「ちょっと、カッコよくとってよね!」なんて。言われそう!
b0289649_20143095.jpg

暖かい日でね!グランドゴルフの練習風景はとっても和気あいあいで楽しそう!
ホールに向けて、いとも簡単に入れる人、スコアを書き込む人。

年齢は、私より、少しばかり先輩さんに見えましたが。その元気なこと。
b0289649_19544586.jpg

気が付けば、球に向かって、小走りしているのよ!羨ましいなぁ~♪

かと、思えば
b0289649_200135.jpg

日向ぼっこを楽しんでいるグループさんに会いました。

そのことがまた、楽しそうで、微笑ましい画面になりました!

b0289649_2093610.jpg

流れの端っこに固まって、冬をしのいでいるグループさんの一団と似ています!うふふ~♪

この公園の蓮は「宗治蓮」と呼ばれています。宗治って、高松城主なんです。

看板の説明を読んでね!
b0289649_20235576.jpg

沼の復元により、400年ぶりに自然に生えたと・・・書いてありました。
(400年前と言ゃあ、関ヶ原の合戦の時かぁ~!)
去年、花の美しい時に来て、見たけど、その時には読みもしなかった私。

これも冬枯れの景色が導いてくださったお話でしょうか!
b0289649_2026119.jpg

あらら、お喋りに来てくれたの!
見上げた木間から、チチ、チチと楽しそうな鳴き声がするけど。誰もモデルさんになってくれないのよ^^;;

お喋りに来てくれたの!飛ばないで、ヒョコヒョコ歩くのね~♪
b0289649_202755100.jpg

通りすがりの人にあなたのお名前聞いたのよ^^♪ 百舌鳥かしらって?ホント?

上を見上げてるけど!なにが・・・
b0289649_20284640.jpg

「そうなのよね!桜の花が、こんなにも硬いつぼみでね!もう一月はかかるかなぁ?」

お花のころに来るからね!でも、その頃は人が一杯かもね^^♪
一緒にお花を見られたらいいな~♪
b0289649_2028182.jpg

ガッタン、ゴットン!
かわいい、電車ね!早く撮らなくっちゃぁ~!急いで、いそいでっと!
アレレ!
小鳥さんに捨てられちゃった!でも、ひと時のお付き合いありがとう!
[PR]

by kazumi1171713 | 2013-03-06 20:43 | Comments(27)

1919年

お誕生日 おめでとうございます!

せっちゃんが、お義母さんと一緒にやってきた。最近歩くのが難しいお母さん。
ほんの数歩の所、杖を突き、全身を片寄せて、やっとの思いで椅子までたどり着く。

「大好きな蟹のお店でお食事会してきたのよ。今日は誕生日!94歳になりました!
せっちゃんは嬉しそうに、得意そうに言いました。みんな思わず拍手しました。
そして、持参のデイサービスで創った自作(先生と合作)のカードを見せてくれました。
b0289649_13462217.jpg

 右側画面 さくらんぼの上のメッセージ 「何時も有難う!井上フミコ 94歳」 自筆です!

 
「94歳といえば・・・大正8年生まれよね。私の母も大正8年生まれだったんよ!」
  (母は72歳で逝ったんです。そういえば3月27日は祥月命日なんだわ)

居合わせた悪友どもも、高齢のお母様の前では、童心に還ったような可愛らしい笑顔のお喋りが続く。
b0289649_2014653.jpg

大正、昭和、それに平成の25年も入れてっと!
みんなでワイワイやってます。ほんと、西暦で覚えていたら、とっても簡単なことなのにね!

「もう、40年以上母娘(嫁・姑)を関係(やって)る私達なんよね!」
せっちゃんはしみじみ言いました。40年もですかぁ~!
私には、そんなに長い事、同居して、良い関係を結んだ相手が居ません?
b0289649_10465635.jpg

ドラッ!こっち向いて!写すよ!
いきなり、隠し持ったカメラを不作法に向けましたよ。無防備なのか、とってもいい表情!

みなさん!
美しく、元気に(多少故障あり)、笑顔の94歳を迎えられた 井上フミコさんです!!!

             ♪~お誕生日 おめでとう!~♪ 


                 ~~~~~~~~~~~~~~~~


ところで、大正生まれの人を西暦年に瞬時に変える事の出来る方法が有るのです。
お母さんの生まれたのは「大正8年」
         ☆ 大正生まれの場合 
               1911+8=1919年 (11+8でいいのです)
 1912年は大正元年です。その年も数えるので、生年(月)日から1年引いた年になります。

              大正生まれの人は 1911+生まれ年です


そんなこと誰でも知ってるよって、いわれそうですが、意外と知られてないのです。
 1912年・大正元年逝く(19)人(1)ふたり(2)=1912 逝く人2人とは 明治天皇と乃木希典
  ( 私は大正元年をそのように記憶しています。)

                            ☆☆☆

このように考えると、昭和生まれの人は

       ☆ 昭和生まれの人の場合
         1926年は昭和元年です。その年も数えるので大正時代同様一年引きます
         1925+昭和〇年(25+昭和の生れ年 例 私は17年生まれだから25+27=1942)

オリンピック開催年。あれは、昭和39年だったから 1925+39年で 1964年

                            ☆☆☆

 
       ☆ 明治の人は
    私は 1900年=明治33年 この年を基点にして計算します。
    明治40年生まれですと聞くと、1907年とすぐに西暦が出てきます。

それから、私の長男は昭和43年生まれですが、この年は明治(1868年)から100年目の年です。
息子と同じ年昭和43年に生まれた幼馴染に「百治・ももはる」と命名された友達が居ます。
祖父から、明治100年目を記念してつけたときかされています。

なかなか、上手く説明できないなぁ~!こういった説明苦手なアタシです。
とちゅうから・・・ごちゃごちゃして、わかんなくなっちゃって^^;; えへへ~♪
今日は、大正8年生まれの人は、1919年生まれってこと・・・伝えたかったんよ(汗)  
[PR]

by kazumi1171713 | 2013-03-04 11:19 | Comments(14)